シロノワールへの想い。ハレの日への想い。

シロノワール

4歳の娘と旦那さん、3人家族の我が家には週に一度、食欲に忠実でいて良い日というのがある。それは、「ハレの日」という名の日曜日だ。
この日ばかりは、普段健康のため、体型キープのためと、誠に簡素で形式化した食事に身を捧げる我々も、欲望のままに食べたい物を食べる。

各々、己が身を置く社会で少なからず嫌なことがあったり、つらい役割を担ったり、なにしろべらぼうな緊張感で過ごしながらむくむく止まらぬ食欲をも説き伏せ、侍さながら駆け抜けたウィークデー。それくらいの羽目外しは神様も多めに見てくれよう。

食が生き甲斐とばかりに生きる我々なので、日曜日に何を食べるかというのは、サンタクロースに何をお願いするか、と同じくらい重要である。だから月曜日になると、「日曜日は何を食べようか?」といよいよ真剣に考える。
日曜日に食べたい物は日曜日に考えればよかろう、とも思うのだが、また気分が変わったらその時はその時だ。仮にでも明確なエサを決めておいた方が頑張れる、それが我々なのだ。

さて決め方としては、大人チームがまず自分の食欲に耳を傾け、ざっくばらんに話し合う。
「辛いもの食べたいな〜。タイ料理?カレー?」
「丼もの食べたい。海苔も食べたい気がする」
「おやつはやっぱりドーナツ。か、パン」
「待って。お寿司も惹かれてきた」

同じ方向性のこともあるしそうでないこともあるが、とにかく食欲への忠実度が高い大人たちは、自分が真に欲している物は何なのかを見極め、最善を尽くせるかにほとんど命懸けだ。だから「これこれ!これが食べたかったんだよ〜」という、どんどんぴしゃりな物にありつけた時の興奮と言ったらない。読みが的中した喜びはもちろんだけれど、うろうろ移ろいゆく食欲の手綱をしっかり握れた達成感がほぼ占めていると思う。

話は逸れたが、そうしてガストに行こう〜とか、お寿司やさんに行こう〜とか、フードコートに行こう〜とか、はたまた調達してお家ごはんにしよう〜とか、どこで食べるかが決まる。場所が決まって、初めて娘に報告する。

最初の頃こそ娘ファーストで、「何か食べたい物ある?」と意向を確認していたのだが、決まって「ん〜どこで食べるかによる」という、なるほどそうきますか的な回答が返ってくるので、大人ファーストに変えた。
娘には、どうしてもこれが食べたい、この気分です!という欲が薄く、条件を提示してくれたらその中でベストを決めるのでそちら様からどうぞみたいな、円熟した余裕っぷりが漂っている。だから「お寿司やさんに行くことになったよ〜」と報告して初めて、「じゃあ卵とポテトと納豆巻き食べる」とお決まりの表明をし、「フードコートに行くことになったよ〜」となれば、「じゃあうどんかな〜お子様ランチもあるよね、でもうどんかな〜おやつはドーナツね」と茶目っ気を振りまいてくる。
食欲はダントツだが忠実さは控えめでこだわりがないというか、思いっきり食べられれば何でもいいのだという軽やかさを持っている。
その証拠に、お寿司やさんで大好きなポテトを食べるぞ!と意気込んで行った時、なんとそのお店にはポテトがないことが判明して、ごめんないってと言うと「ないか〜じゃしょうがないね」とすんなり受け入れられる。このお子様ランチが食べたい!と行った時も、その店舗にはお子様ランチの取り扱いがなく、ないんだってと言うと「じゃどうしよっか」と即座に切り替えられる。
私なんぞ、忠実度が高いゆえ悩んだり喜んだり、ちょっと落ち込んだりもしてあくせく生きているというのに、齢4にしてこの心持ちを無自覚に知っているとは。欲望の見極めに四苦八苦している自分が恥ずかしくなる。

そしてある時、次の日曜日はシロノワールを食べに行こう!と、看板を見てほとんど反射的に提案した。コメダ珈琲でお馴染みの、ひやあつのあれだ。メニューにはあつあつひえひえとあるから、本当はあつひえだ。
駅近にコメダ珈琲があって、自宅への帰り道、いつも見るともなしに見ては「あっ…」と気になっていたのだが、ごはんと言うよりおやつだからかすぐにふっと存在が消えてしまい、ハレの日メニューの候補には挙がらなかった。


私の中でコメダ珈琲とシロノワールは思い出深いものだ。
20代、一人暮らしをしていたアパートの近くにコメダ珈琲ができた。その時まさに転職活動中だった私は、履歴書やら転職活動のノウハウ的な本やらをごっそり持って、お昼も兼ねて足繁く通った。
話に花が咲くおばあちゃんたちも居れば、同じく就活中だろうリクルートスーツの若者もいて、ほどよい賑やかさと、ここに来れば1人じゃないという温もった雰囲気が、転職活動中の「私ってそもそも社会に必要とされているのだろうか」という不安な心には染み入りすぎて毎度感極まった。

サンドイッチはトースト派である私は、大抵ハムトーストかミックストーストを頼み、コンビニのサンドイッチよりも随分薄味なそれを、これこそコメダの優しさだとうなりながら食べた。
ここの全てが自分を肯定してくれている。いろんな温かさに腹も心も満たされ、履歴書づくりや面接準備に勤しんでいたものだ。

初めてシロノワールを食べたのは、2つの面接を終え、ズッタンズッタンにやられた夕方だった。楽天的なタチだから、今回のやらかしを次またやらかさないためにどうすれば良いかと考え込むことはあっても、落ち込むことはほとんどない自分が結構落ち込んでいた。食に走りたくなっている事実が、それを物語っていた。
甘いものと温もりを求め、よろよろとコメダ珈琲に入った私は瞬時にシロノワールを頼んだ。元気さを投影したようなその佇まいが、今の自分とは真逆でなんともおかしかったが、とにかくがっつり甘いものが食べたかったのだ。
運ばれてきたシロノワールは、想像以上にでん!と強い存在感で迫ってきて、正直「デニッシュパンに乗ったソフトクリーム」なのか「ソフトクリームが乗ったデニッシュパン」なのか判断がつかないほどであった。我こそはと主張し合う2人に気を取られていて見えていなかったけれど、さくらんぼも乗っている。ソフトクリームにちょこんと寄りかかるそのさくらんぼが、2人の強さに良い意味で不釣り合いで、バランスを取っていた。

惜しみなくシロップを回しかけ、6等分されたデニッシュパンの1つにフォークをグサッとさし、ソフトクリームが崩れないよう慎重に抜き取ってかぶりつく。そしてすかさずソフトクリームも口に入れる。想像できていたはずなのに、どでかい「うま!」が飛び出た。あったかいのに冷たくて、冷たいのにあったかくて、こんなに甘やかされて良いのかというほど甘い。デニッシュパン × シロップ、ソフトクリーム × シロップの相性がそもそも素晴らしすぎるから、3人揃ったらそれはもう手に負えるもんじゃない。口の中が幸せまみれで自然にたまらん顔になってしまう。これはもはや三位一体の乱ではないか。くぅぅ〜〜〜〜やるなシロノワールよ。
実はシロノワールにはミニシロノワールというのもあるのだが、そっちにしなくて本当に良かったと噛み締めたいらげた。

容赦ない甘さと、3人のチームプレーに助けられたあの日のシロノワールは今でも思い出だ。そして若かりし頃の私の足掻きを見守ってくれたコメダは思い出の場所だ。

そういう懐かしさを思い出したくてうずうずしていた私の潜在意識が、ここだ!と満を持して「シロノワールを食べに行こう!」と言わせたんだろうなと思う。有無を言わせない迫力だったからか、旦那さんは「いいね!」と言ってくれ、娘は「シロノワールってなにー??」と興味津々だった。

我が家で初めてのシロノワール企画ということで、私も準備に熱が入る。あの頃とはメニューが変わっているかもしれないなと、ネットでごはんのメニューも抜かりなく確認し、シロノワールの姿を初めて見た娘は興奮が止まらないようだった。「パンなの?アイスなの?ねぇどんくらいの大きさ?」と畳み掛け、「これって1人で全部食べていいの?」と聞いてくるから、1つを3人で分けるのだと説明すると「1人で食べたかった」としょんぼりしていた。かわいそうになって、サンドイッチとかも食べるしさとなだめると、「えっサンドイッチはどれ食べるのー?」と、胃のスペース配分に熱心だ。娘には娘の計画があるのだな。

各々シロノワールへの気持ちをめきめき高めて過ごしていた金曜日の夜、なんと娘が高熱を出した。よく食べよく眠るからか、娘は普段ほとんど熱を出すことがなく、幼稚園で流行する感染症の類も有難いことにほぼすり抜けている。
そんな娘がこのタイミングで高熱とは、少なからずシロノワールへの想いが関与しているのではなかろうかと、改めてその熱量に恐れ入った。これは絶対治して連れて行ってあげたいところだが、普段熱を出さない分、出た時はやっぱり長引きがちで、さすがに39℃後半となるとぐったりだ。ここまで高いと眠りも浅くて何度も起き、睡眠不足も要因となってなかなか治らないというのがお決まりのパターンである。
変に期待を持たせるよりはと、「シロノワールはちゃんと元気になってから、また来週の日曜日に食べに行けばいいね」と話すと、「うん…」と力無くうなずいた。

ごろんと適当にyoutubeを観て、生姜とねぎのたまごおじやをのろのろ食べ、さてパジャマに着替えようという時、ずっと黙っていた娘がぽろぽろ泣き始めた。熱で真っ赤な顔になりながら、「シロノワール食べたい…」と、絞り出すようにつぶやいた。

わかっているようでわかっていなかった。娘のシロノワールへの想いを。ハレの日への想いを。娘はまだまだあきらめてはいなかったのだ。治して絶対食べに行く。涙は流れていても、目がそう語っていた。

こだわりがなく、執着もしない。ないならないで良いし、また次があるとあきらめられる。そういうさっぱりした体質の娘だから、今回もパッと切り替えるだろうと思っていたけれど、シロノワールの魅力を前にはさすがの娘も想いを断ち切れなかったのだ。シロノワールを食べたい、どうしてもシロノワールの気分です!そういう欲がちゃんとあったのだ。
今回ばかりは「治してきっと食べに行こう」と、私の想いも一緒だと公表しむしろ発破をかけてやるべきだったのかと気付き、「うん!食べに行こう!治るよ!絶対治る!治そう!」と畳みかけると、娘は希望を取り戻して笑顔になった。

そしてその希望は、12時間半睡眠という驚異の結果を生んだ。
我が家は寝室に見守りカメラを設置して娘の睡眠時間を確認しているのだけれど、寝返りもこぢんまりとしていて、相当熟睡していたようだ。高熱の中、一度も起きずに寝通したことは今までないのだから、これはもうシロノワールの力と言えよう。熱を測ってみると、36.5℃としっかり平熱に下がっている。やるな娘よ。いや、やるなシロノワール。現代でも助けられてしまった。

とは言っても夕方にまた熱が出たりするだろうからと思い、土曜日はのほのほお家で過ごしたのだが、結局熱も出ず元気いっぱいもりもり食べて、あっさりと日常に戻った。

そして日曜日には晴れてシロノワールデビューとなった。
おいしいおいしいと頬張る娘を見て、来られて本当に良かったなと思ったし、あの懐かしさはそのままに、この家族で新しい思い出ができたことが嬉しかった。

まーむ

高熱などに負けてたまるものか、己の病は己で治すのだ!そういう心意気を我が身で見せつけてくれた娘よ。あっぱれだ。
これからも、我が家のハレの日エピソードは続くだろう。

シロノワール

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