流しそうめんと、そうめん流し。

そうめん

4歳の娘が「流しそうめんをやりたい」と言い出した。子どもがいる家族がわいわい流しそうめんをしている動画をYoutubeで観たらしく、何これおもしろそう!と提案してきたのだ。食に生きる娘のことだからどちらかと言えば「そうめんが食べたい」というメッセージだろうと思い、「いいね!そうめん食べたい!」と乗ってみるも、「そうめんも食べたいけど流しそうめんがやりたいの」と感情の機微をしっかり告白され、今回は食べたさよりもやりたさに比重が大きいという珍しい状況にはっとする。
やりたいと思うことがあるというのは素敵なことだ。私は長らく己の声をスルーしながら生きてきたからか自分のことが大げさじゃなくさっぱりわからなくて、30代目前のところまで無計画に騙し騙し生きてきた。その場その場で正当らしい意味を付けかろうじて納得しながら、とは言え決めたらわりと全力でやるタイプだったから総合的に見れば一生懸命生きてきたのだろうが、どうもつかみどころのない生き方だったなと思う。なにしろ人生の大事な選択という場面ですら自分の気持ちを捕えきれずに、ぼけっと他人事のように捉えているところがあった。のほほんと生きる私に母は頭を悩ませていたんじゃないだろうか。似た者同士ながらそういう部分は真逆の旦那さんとの出会いを機に私は随分と変わったが、そんな煮え切らない過去があったものだから「やりたい」という気持ちには敏感で、それが子どもの「やりたい」ならばもう絶対にやろうぜ!という気持ちでむんむんしてくる。あまたある選択肢の中で心の針がぎゅいんと振れることがあるなんて間違いなく尊いことなのだ。

というわけで、流しそうめんをするための道具を早速買うべく2人でAmazonとにらめっこする。竹を使った本格的な流しそうめんセットというのを見つけおぉっ!と声をあげたが、庭もないし家の中じゃリスクも高すぎるしなんせ3万円弱というお値段にビビってそっとスクロールする。流しそうめんをするのは初めてだから試しやすいものがいいよねと、3〜4千円くらいを目安に探してみると結構選択肢があってよしよしとなる。プラスチック製の電池で動くタイプはスライダーが付いているものか付いていないものかに分かれるようで、楽しさ重視ならばスライダーありの方が見た目にも迫力があるし盛り上がりそうだ。スライダーなしだと流れるプールのように回り続ける回転式の部分だけになるから活気は落ちるが、流れるそうめんを手繰るという流しそうめんの醍醐味は味わえそうだし、組み立ても片付けも手軽ということでこっちにしようと話がまとまる。結局、流氷をイメージして造られたしろくまのそうめん流し器に決めた。涼しげな雰囲気と真ん中の氷山にちんまり座るしろくまがかわいくて、ペンギンverもあったのだが「しろくまの方がかわいい!」「うん!私もしろくまがかわいいと思う!」と満場一致でしろくまになった。まだ5月半ばだったけれど我が家に夏が届き、出張から帰ってきたパパにもいきさつを話して週末に流しそうめんパーティーが開催されることになると、おのおのそうめん熱を高め準備に勤しんだ。

予報通り、パーティー当日は曇り空でここ最近では1番肌寒い日となったが我々の熱気はぎゃんぎゃんで、こういう日こそ流しまくろうぜとむしろ盛り上がる。なんせ私は前日から錦糸卵と豆乳ごまだれを作りはしゃいで備えていたのだから2人がなんと言おうとも絶対に流すつもりだ。パーティーということならばしっかり楽しむために動こうぞと、家から徒歩1時間ほどのところにあるショッピングモールへ朝から散歩に行く。車なし一家ということもあって歩くことが日常の我々はとにかく歩く。娘も小さい時から一緒になって歩きまくっているからか足腰が自然と鍛えられたようで1時間半くらいであればご機嫌でたったか歩く。2時間までいくと「さっすがに疲れた」とよぼよぼし出すが、4歳にして大人の足とほぼ同じスピードで歩いているのだから当然だ。それでいて本人は必死についてきているという様子はなく、いたって普通に歩いているから娘の足のたくましさに恐れ入る。この日も大人の歩行で1時間弱とGoogleマップが提示してくれていたところ、しっかり1時間で歩き切って両親を驚かせた。

流しそうめんをするはいいがそれらしいお皿やつゆ鉢がなくこれでは雰囲気が出ないぞと、アイテムを揃えるためスタンダードプロダクツに向かう。シンプルでスタイリッシュかつお財布に優しいという良いとこを取りまくったこのお店が私は好きだ。行くと我々を待ち構えていたかのようにお家でそうめん特集のコーナーがあって、そうそうこういうのが欲しかった!的な食器類が出迎えてくれたからやっぱり好きだなとかごにじゃんじゃん入れる。めんつゆ用とごまつゆ用の食器とそうめんを盛り付けるお皿、薬味皿を見繕い、パーティーのイメージをめきめき高めてお店を出る。楽しみだね〜とわやわやしながら、とは言えパーティーは15時からの予定だからこの辺で早め軽めのお昼ごはんにしようとフードコートでマックフライポテトをつつく。歩き疲れた体にケチャップをつけたマックのポテトは沁みる。「まーむちゃんはポテトが好きというよりケチャップが好きなんじゃない?」とパパに言われ、はて、そうかもしれんぞ…ともやもや気になるも、急に来た哲学的な問いと目の前のポテトを天秤にかけたら全く歯が立たなくて「あっ確かにそうかもー」とカジュアルに答えポテトに手を伸ばす。腹が減っては思考はできぬ。ポテトは掃除機さながらのスピードでずごごーと吸い込まれていき、あっという間に空っぽだ。空腹は十分満たされたのに、不思議なものでちょっと食べてしまうともうどんどん食べたくなってしまい、ジェラートやらパンやらおいしそうなものたちに心を奪われかけるが今こそ心を鬼にして素通りする。
腹ごなしに子どもの遊びスペースで娘を遊ばせ、ではいざ!と買い出し用に書き留めたメモを片手にスーパーへと向かう。きゅうりとミニトマト、お惣菜の天ぷら、忘れちゃいけないそうめんをとりあえずかごに入れ、あとは主にみんなで食べるおやつ類を吟味して準備万端!と家の最寄り駅まで行く直通バスに乗り込む。このコースで出かけた日はみんなお疲れだから大抵駅からバスに乗るかタクシーに乗るかするのだが、珍しくパパが「おいしく食べるために歩こう」とかつてないほどの気迫を見せてきたから付き従う。パパはそうめんに限らず麺類が大好物なのだ。とは言え娘は歩けるだろうかとやや心配になったけれど、そうめんとおやつへの思いでしっかり地面を踏みしめ30分弱の道のりを完歩した。

帰宅するとおのおのが持ち場に着きパーティーのためにせっせと動く。パパは買い物した食材や食器を出し、娘はトイレや手洗いを済ませたらテーブルを片付け、私はきゅうりを切ったりそうめんを茹でたりしてみんな忙しない。行き帰りのウォーキングでHPはさほど残っていないはずだが食べたさが一致団結していてこれぞ我が家という感じだ。役割を果たした2人がキッチンカウンターに集まり、出来たものを運んでつゆの準備をしててんやわんやする私のアシスタントを務めてくれるが、料理が苦手なものだからそれでもあっぷあっぷしてしまう。普段麺を茹でるという機会があまりになく火加減が強いと吹きこぼれることを忘れていた私は、400gのそうめんを鍋にぶち込んだ後きざみ海苔にうつつを抜かしていて盛大に吹きこぼれさせた。「あっ!」という声が聞こえ鍋の方を見ると「ぶふうぅぅー!」と己の息でそれを鎮めようとするパパがいて、いやなんでやねん!の気持ちも瞬間で吹きこぼれ慌ててIHの電源を切る。心のどこかで大人が2人いる状況に甘え切っていたのだと思う。忘れていたがパパは料理の場面ではこの私よりずっと頼りない。普段は冷静沈着、どんなことがあろうと最善の判断のもと対応できるタイプで、面倒見も良く私にとっても理想の上司的存在なのだが、料理も含め家事のこととなると判断力もサポート力もぐだぐだになるから人間とはそう単純ではないなと思わされる。吹きこぼれたらまず電源を切ってほしい。切実に。そしてできれば私のしょぼい料理力、というか段取り力をどうかサポートしてほしい。とは言え、「あっこの前一緒に観た吹きこぼれ防止の裏技やれば良かったね。鍋のふちに箸置くやつ」と、嘘やろと思わずにいられないほど簡単なあの裏技を瞬時に思い出し、怒りにやや翻弄されかけた私を見事連れ戻してくれたのだから十分偉業を成している。第二の惨事が起きなくて本当に良かったね。いやもう心の底から。パパの胸の内が聞こえるようだ。それにしても後になってのこのこ思い出してあっけらかんと言うあたりがパパっぽいんよなあと思う。とりあえず、麺を茹でる時は裏の技を使うにしてもちゃんと店番をしようと心に誓った。

さて、一波乱に飲まれかけたが無事に準備を終え流しそうめんパーティーを開始する。しろくまそうめん流し器は、しろくまの頭をぎゅっと押すとウィーンと流れ出し流氷感がいっそう増す。「動いた動いたー!」とはしゃぎ、実は大人たちも初めてだから「本当にみんなで初めての流しそうめんだね」とわくわくし合い、初流しは娘が担当した。滑らないように割り箸でそうめんを手繰るも、ちょっと乾いてくっついてうまく手繰れずパパにも箸を持ってもらって一緒にぐわっと手繰る。流氷の中へと飛び込んだそうめんは自由だー!と言わんばかりにくるくる流れ出した。責任感の強い娘はしっかりやり切らねばという闘志を燃やし事に向かっていたものだから、そうめんが流れ出してもきりっと力強い表情のままだったが、「流れた流れたー!」と盛り上がる大人たちの雰囲気に7秒後に気付き、ようやく表情を緩め「流れたー!」と喜んだ。あっもう役目が終わったんだと気付いた瞬間の表情がたまらなくかわいくって、動画に撮っておいて良かった。さあ後はもうおのおののペースで流しは食べ流しは食べする。娘は前日に仕込んでおいた豆乳ごまだれの方が好きだと言ってじゃんじゃん流しじゃんじゃん食べた。流すのも手繰るのもうますぎてもしや夢の中で練習してきたんじゃないかと思うほどだった。パパも相当沁み入っているようで珍しく箸が止まらない。おいしいし楽しいし、娘のやりたいことをまた1つやれたことも嬉しいしで私もじゃんじゃん食べる。最高だ。だんだんきゅうりやら卵やらの破片も流れ出し水も多少濁ってきたがそんなことも気にならないほど最高だ。流しそうめんまたやろう。と、ふと自分の箸の行方を追うと、なんとあろうことかそうめん皿からつゆ鉢へと直通で行き来していることに気付いてしまい、1人静かにうつむく。みんなで流しそうめんを楽しんでいる最中、そうめんをただざるそうめんとして食べていた自分を恥じた。そうめんが食べたかったのは私の方か…食い意地の張りっぷりにぎょっとしまた恥じた。

後日、流しそうめんとそうめん流しという言葉が出回っていることにはっと気付き調べてみると、どうやら我々がやっていたのは「そうめん流し」という事実を知りぎょえー!となる。そうめんは散々流したがあれは流しそうめんではなかったのかと、幼稚園から帰る娘に慌てて「実はあれは流しそうめんじゃなくてそうめん流しだったんだよ!竹を使うのが流しそうめんでテーブルでぐるぐる流すのがそうめん流しなんだって!」と伝えると「えぇぇぇぇぇーー!!」と、特大のえー!を帰り道のトンネル内に轟かせた。言葉に敏感で、言葉の重要度が高い娘だからこういうことはきちんと伝えておかないと後がこわい。

まーむ

「またやろうね、そうめん流し♪」と、今年の夏はじゃかすかそうめん流しをしようと約束した。

そうめん

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