最悪な状況で、最善の選択をした

ぶら下がった状態で本を読む女性

3年前のその選択は、考えて考えた末に選んだというより、「選ばざるを得なかった」と言う方が近いかもしれません。
だけど、必要な、最善の選択でした。

もくじ

謎の異変

きっかけは体調の異変。
急な吐き気に襲われ、病院へ行きました。

「昨日の夜は何を食べた?心当たりはある?」
「あー…マックがいけなかったんですかね。食べ合わせが悪かったんでしょうか…」
「とりあえず今日は吐き気止めの点滴を打って、何かあったらまた来てください」

正直なところ、点滴の効き目を1mmも感じられず、くの字のような姿勢を正すことができないまま病院を後にしました。


1〜2週間の間でそんなことが何度か続き、「もっと専門的な病院で診てもらった方が良いかもしれない」という、なんとも不安な展開に。

自分の体に一体何が起こっているんだろう…

病院を転々とし、検査を繰り返す間にも体調は変化して、ビニール袋を手放せない嘔吐の日々を送っていました。

目から、鼻から入ってくる食べ物の情報は全部ダメ。いつ吐き散らすかわからない不安もあって、通院以外は引きこもりでした。

結局原因はわからず、わかっているのは、肝臓の数値だけが異常ということだけ。

健康そのものだった私の人生。心臓のバクバクがおさまりませんでした。

どうしよう、どうしよう。治らなかったらどうしよう。
原因がわからないんじゃ治せないよね…ずーっとこの生活が続くの…?


不安と、焦りと疲労に満ちた私の様子を見て、ためらいがちに放たれた旦那さんの一言。

「怒りの感情が原因かもしれない」

怒り…? とは…?
怒りって、あの怒り…?
イライラが原因てこと…??

あまりに予想外な一言。
でも同時に、どこか腑に落ちたような感覚もありました。

原因は「怒り」だった

私はもともと、完璧主義なところがあって、せっかちで短気気味。

厄介なのは、溜め込む癖があって、勝手に溜めて溜めて、おりゃー!と爆発してしまうこと。

周りから「怒る人ってイメージない」と言われることも多かったけれど、ただただひた隠しにしていただけ。
本当はメラメラしてるんです、恋人にはぶちまけてたりするんです、それで結構失敗してきてるんです…


子どもの頃から、いつもどこかにイライラというか、劣等感があって、がゆえに自分のことを好きになれなくて。
結局のところ、とっても寂しかったんだなあと。今だから言えることなんですけど。

とにかく、「優しい人になりたい」「いつも笑顔でいられる人になりたい」という気持ちがとても強かったと思います。

それなりに自己啓発本も読んで、前向きな心だけは失くさないように頑張ってきたけれど、なんでしょう…頭痛で悩んでいるのに、胃薬を飲み続けているような、頑張り方をだいぶ間違っている人だったというか…

現実を認めるより先に理想だけがどんどんひとり歩きするので、心が正しく機能しなくて、いわゆるこじらせです。
長年のストレスが体に出たパターンか…そんな納得感がありました。

でも、だとして、このタイミングで…?突然…?なぜ…?

自分で自分を追い込み、周りのせいにしてしまう私

体調に異変が起きた時、実は私には、0歳の乳飲み児がいました。

よく眠ってくれて、体も丈夫で、控えめに言っても神な赤ちゃんでした。
唯一の宝物を守ろうと、私の心はいつも燃えていて、頑張る気力でいっぱいだったと思います。

でも、あまりに強い責任感は自分をどんどんプレッシャーの沼へと追い込み、視界を狭めていきました。

違う人間なんだから仕方がないのに、自分と同じ温度感で向き合わない旦那さんにイライラして、わかってくれー!と吠えたことも何度もあります。

娘がいつ泣き出すのか、ハラハラしながら過ごす毎日にも疲れ、笑顔を忘れ、声を荒げる自分にただただ嫌気がさして、もうやめたいと呟くことも増えていました。

本当は、優しい人間になりたいのに。
娘を、ただただ愛でられる自分でいたいのに。
いつも、生まれてきてくれてありがとうって伝えられる母親でありたいのに。

悲しいですが、子育てが、私のストレスに拍車をかけたと、あの頃の私はそうとしか思えませんでした。
変われない理由を、周りのせいにしていました。あまりに未熟でした。

母として、1人の人間としての、最善の選択。

3年前、半ば強制的に突きつけられた選択。

変わるのか?
変わらないのか?

想像もできない、頑張り方もわからない。
だけど、やらなきゃいけないことだけはわかってる。やらなきゃ死ぬ。この子が死ぬ。家族が死ぬ。

”イライラを手放して、本当の本当に優しい人になる”
“誰に対しても寄り添う心で、怒らない人になる”


・・・
3年経った今、私は、娘というコーチに、感情と向き合う生き方を教えてもらっています。

娘に脈々と流れる、「誰も寂しくないように」という心遣い。巨大な優しさ。
それに背中を押されながら、愛というものを育てています。


子育てと、イライラを手放すこと。

サンダルと山登りくらい、相反する組み合わせだと思うけれど、今、自分の中で確かに変化を感じています。
ようやく、ブレーキがちゃんと装備されている車に乗れたような、そんな感覚です。笑

その手応えは、性格を変えるなんて無理、という決めつけの世界から解放してくれたようで、何より、また「健康そのもの」に戻れたのも大きな自信になっています。

10代、20代の頃には手を伸ばすことのなかった本がどんどん増え、3年も足踏みしていたけれど、あの時、本気で自分を変える勇気を持たせてくれた2人には、感謝してもしきれません。

私にとっての最善の選択でした。本当にありがとう。


ママをおこらせないために、うまれてきたんです
ママがさみしそうだったから、きたんだよ

諭すようなことを言い出した娘にまた勇気をもらい、これからも自分を育てていこう。そんなふうに思っています。

ぶら下がった状態で本を読む女性

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