5歳の成長。トンネル作業員へと転向する。

トンネルを掘ろうとシャベルを持つ女の子

その時その時の月齢、年齢に沿ってさまざまな成長を遺憾なく感じてきたけれど、5歳になった娘の成長というのは今までとはどうやらちょっと違うな…?と思わされるほど深みが増したように思う。幼稚園の先生から、4歳5歳の成長は言わば「心の成長」で、いろんな感情に子ども自身が出会い、戸惑い、葛藤して進んでいく難しい時期になるため、正直なところ保育士にとっても難しいし親御さんにとっても難しい時期になるかもしれないという有難いお話を、年中に進級するタイミングで聞かせてもらった。子育てというものの難しさにいずれの時期も例外なく翻弄され続けた私にとっては、4歳の1年間に特別な難しさがあったかと言われるとちょっとどうでしょうという具合いなのだけれど、でも確かに、立ちはだかった壁を乗り越えるために親はもちろん、本人自身も心との向き合いが必要な場面は多かったように思う。一生懸命伝えたことが相手にはそう伝わっていなかったこと。一生懸命伝えたけれど本当の気持ちはそうじゃなかったからちぐはぐさを感じてイライラしてしまったこと。それによって対話ができなくなって言い合ってしまったこと。本人が、もう自分は何でも伝えられる人間なんだとぴっかぴかの自信を持って疑わないだけに、あれ?なんかうまく言えないな、こんなに思いはあるのにうまく伝わらないなみたいな場面があると気持ちが溢れてしまうようで、ダンっ!と渾身の足ダンをしてはめーめー泣いて、身の回りのことがひと通りできるようになっても次々大変さを抱えて生きているんだなとたくましくも切なく思った。娘はもともとそこまで感情的になるタイプではなかったからそういう激しい場面も一般的に見たら少ない方だったと思うけれど、これが先生の言っていた心の成長かとじわじわ感じ入る。自分が子どもの頃どうだったのかは記憶にないけれど、お友だちや下の学年の子に対して好きとか嫌いとかの感情が目まぐるしいなと気付いたのが幼稚園の時で、なんなんだよー私みたいなことを思った自分を断片的には覚えているからやっぱり何かが深まる時期なんだろうなと思う。こうして娘は初めての心の成長痛を経て、苦しみながらも自分という人間の理解や目に見えぬ心というものの理解をもくもくと深めていき、少しずつ「奥行き」なるものを手に入れ始めた。びゅんびゅんと、己の新幹線を前へ前へ進ませ続けた小さい運転士は5歳に向けて計画的に職を変え、駅の地下トンネルを掘って掘って掘りまくるトンネル作業員へと静かに転向した。1歳の時も2歳の時も、どんな時期だって堂々主人公としてさんさんと生きてきた娘だけれど、5歳になって明らかに本編をスタートさせた感がすごい。さてどんなストーリーを見せてくれるのか。

もくじ

5歳の成長。

全関心母から全関心放牧へ。

女の子だからというのもあってか、娘は私の身の回りの変化にものすごく敏感だ。髪の色やネイルを変えた時は秒速で「変えたー!?かわいいー!」とバタバタ喜んでくれ、眉毛の出来栄えが微妙な日は「なんか今日はちょっと眉毛薄いね…?」と一緒に恥ずかしがり、カミソリを失敗して腕に傷が増えれば「これどうしたの!?」と切迫感びんびんに心配する。もはやストーカー並みの観察眼だなとややこわくなるレベルではあるのだけれど、娘の関心事に入っている嬉しさはやっぱりあるから有難いなあと噛み締めつつ、とは言え母に全力すぎやしないかい?とぎゅうぎゅうすぎる愛情に心配になる。
そんなある日、娘が幼稚園に行っている間にネイルに行きるんるんした気持ちでお迎えに行ったところ、いつもの「あれっ!?ネイル変わってる!!見せて見せて!」という激しめリアクションがなかったからこれは珍しいなとやや寂しがる。見えていないわけではないだろうが気付かないのかなと、意識の中に入ってこなければ見ても見えていないことはあるもんねと一旦納得して、元気いっぱい「今日はね〜」と話す娘の話にそうかそうかと耳を傾ける。とは言え実際は気付いてほしい気持ちがぱんぱんだからどうにかできないものかと索が駆け巡り、これならばどうだ!と「手繋ご〜」と手の甲をうやうやしく上にして差し出すもスッと繋いで全く気付かない。「ちょっと…!恥ずかしいからボリューム落としてっ汗」と諫めていたのに今となってはあのオーバーすぎる反応が急に輝かしい思い出となって映る。その後、夜になっても気付くことはなく気を揉んだ私は結局「ねぇ見て〜ネイル変えたんだよ〜」と、まるで今思い出しました的なそういえば感満載に自分で言ってしまった。「わあっ!ほんとだ見せて見せて〜!えっ今日変えたの!?早く言ってよ〜」ときゃっきゃする娘と一緒にきゃっきゃしつつ、そうかこれが外の世界を持ち始めたということなんだなと、全関心が母という時代が過ぎ去ったことを理解する。女の子はパパっ子になるというようなイメージがあったけれど我が家はどうもママっ子で、今でも両親がわやわや盛り上がると文字通り割って入ってきて「まーむちゃんはそうてぃんちゃんのママ!」とぷりぷりパパを取り締まるから重ための愛になんの変わりもないのだが、彼女の宇宙に新しい星が増え始めたのは間違いないだろう。関心がどんどん外に向くことに寂しさがないわけではないものの、いよいよ自分を知る旅をスタートさせたか小さい者よとわくわく思うし、これからはよりふぅーっと安らげる癒しスポットにならねばなと聖域の身として気が引き締まる思いだ。何にしても、あれこれアピールしたものの全部スルーされて最終的に自らネタばらしをする母の図は痛くて哀愁が沁みる。

野菜界が逆転勝利し始める。

好き嫌いもなく食べることに猛進する娘の大好物と言えば、パン、ポテト、おにぎり、卵焼きといったところだろうか。もともと早食いなところがある彼女ですらこのメンツを前にすると、心を落ち着け時間をかけてちびちび食べる。そんなちょっとじゃ味も何もわからんだろうと思うのだが、幸せな時間は少しでも長い方がいいという彼女の哲学に親とてやんや言う権利はないから尊重する。この子は食べることにすさまじい熱量があると気付いた時からごはんの食べ順についてはよくよく言って聞かせていて、基本的にはまず野菜を食べ、お腹の中に優しさを敷いてから参ろうというのがファミリールールになっている。それが太りにくい体をつくることに繋がり、ひいては健康に、おいしく食べ続けることに繋がるということを我が家の小さい人も心得ているから、いつも副菜を食べることから食事をスタートさせる。偶然にも彼女は好きな物を最後まで取っておく派で、パンやおにぎりを含む炭水化物は必ず最後に食べるし、ポテトやさつまいもなどの芋類も最後になるから図らずも基本の食べ順をナチュラルにクリアしていて心強い。中華丼の時、上の野菜あんだけを先に食べて最後に白飯を食べるというスタイルを見た時にこれは本物だと思いながらも、「こういう丼ぶりの時は先にちょっとだけ野菜を食べたら白ごはんと一緒に食べていいんだよ」と伝えると、「というより、別々で食べた方がいっぱい食べられるから」と独自のルールブックを見せつけてきてなるほどなるほどと感心する。別々に食べた方が幸せの時間が長いもんね。そういうわけで、娘は2歳頃からずっと大好物を横目にベジファーストを貫き切ってきたのだけれど、5歳になってからちょっと変化があった。
ある夜、厚揚げときのこの煮物、ほうれん草とにんじんと油揚げのナムル、ごぼうのマヨサラダ、チーズ、大学芋というメニューだったのだが (炭水化物はなるべく控えたい&芋はほぼ炭水化物という持論から米なし) 、いつもならば厚揚げか大学芋で〆るところ、なんとほうれん草とにんじんと油揚げのナムルがフィナーレを飾るという大事件が起こった。メニューを前にした時「今日はほうれん草のやつ最後に食べる」ともにょもにょ言うから、「えっ!?厚揚げも大学芋もあるのに!?」と驚くと「だっておいしいもん♪ へへ♪」とサプライズしちゃいましたみたいな茶目っけで笑う。「きのこと、ごぼうのサラダから食べるね」と、とは言えまず草から行くぜ宣言をして食べ始め、本当に最後までほうれん草のナムルを取っておき「おいしいからちょっとずつ食べる」とちょこちょこつまみながら惜しそうに食べた。確かに野菜のナムルというのはさっぱりしていておいしい。にんにくも効かせているから鼻腔をくすぐるしメインを食べるようなそそられ方もするけれど、申し訳ないがクライマックスに登場するような派手さも強さもない。前座でやや控えめに、でもきっちりと仕事をするのがナムルという役者ではないか。まさかあのパン様やおにぎり様と同じく、舞台の真ん中で堂々スポットライトを浴びる日が来るとは、野菜界に激震が走る。そんなハッピーエンドがあるのだな。その後も娘はきんぴらごぼうや大根のパリパリ漬け、ブロッコリーとかぼちゃのマヨサラダなど、これまでは前座を務めていた明らかなる副菜たちをどしどし山場に据え歴史を塗り替えた。心が深まったことで味覚も大人仕様に深まったのかもしれないなと、すでに人間を越えられてしまった感を感じた。

年中さんをしながら入学準備に勤しむ。

娘が年中さんになり、真ん中の学年ならではな「全ての楽しさを実感済みだが、それは来年もっと素敵に更新される思い出になる」という、何もかもがボーナスステージじゃん!みたいなテンションでゆるゆる楽しめる1年に希望を持っていたのだけれど、私の読みは甘かった。もともと娘は超がつくほどの準備オタクなのだが、いつどこで何をどんな風に行うのかということに日頃からめちゃめちゃ張り切るタイプで、例えば10月末に11月の予定表が配信され遠足があるとわかるや否や、今日は遠足の前日か?と疑うほど事細かに準備物の確認をする。まず遠足専用のリュックを取り出し、ハンカチやティッシュ、シートが入っていることを確かめたら、シートは小さくなっていやしないかとゴソゴソ広げてサイズ感をチェックする。「うん、まだいけるね」とひとり指差し確認をしてテキパキと畳み元通りにリュックに戻すと、水筒は一緒に入れるのかそれとも入れないのかという、1ヶ月前の今扱うにはごめんだけど限りなくどうでもいいの最前線にいる話題を振ってきたからもはや圧倒されてぽかんとする。「そうてぃんちゃんお弁当大きくなったから水筒入らんかもしれん。まあそしたら肩に掛けて行けばいいよね、うんそうしよう」と結局ひとりで解決してバタバタとリュックを戻しに行き、小さい準備オタクの気迫に気圧され立ち尽くす。それにしてもさすがすぎるよな〜と食器を片付けていると、「お弁当なんだけど」と今度はお弁当のメニューをリクエストし出し、1ヶ月前にして秋の遠足お弁当メニューが鮮やかに決まった。また気持ちが変わるかもしれないのになと思いつつ、仮でも決まっていること自体は有難いから付箋にメモして私も心の準備をする。よし終わった終わったと思ったのも束の間、結局この後、どういう服装で行くのか、園バスは何台で行くのか、誰の隣に座れるかなあ?と全てを段取り始めたから「また先生に聞いてみよ」と先生に丸投げして終えた。
そんな人だからか、小学校への期待とそれに伴う心の準備も年中になって早々に始めた。行き帰りはひとりなのかお母さんも一緒なのか、ランドセルに詰めるものは筆箱とノートの他に何があるのか、筆箱の中には鉛筆を何本入れるのか、幼稚園みたいな手提げバッグは持っていくのか、給食はどんな風に食べるのか…などなどもう挙げきれないほど詳細に聞くものだから、逆にそこまでの想像ができることに感心し尽くしてひれ伏したい気持ちになる。この前は習い事をしているお友だちから「宿題」というものの存在について教えてもらったようで、帰るなり「小学生って学校から帰ったら宿題するじゃん?ノートに何書けばいいの?」と聞くから「なんの宿題を出されたかによるね〜」と、おいおい具体的がすごいなとややぎょっとして返す。「あ〜漢字書いてきてくださいって言われえたら紙に漢字書くってこと?」と具体例を出してきたから「そうそう」と返すと顔がパッと晴れて「うんっわかった!」と去っていった。小学校に懸ける思いと詳細にイメージしたい気持ちがすさまじいな。年少の時は「赤帽子さんから次は黄色帽子さんになるんだ〜」と1つ1つの階段を見据えて生きていたのに、年中になったら年長をすっ飛ばして入学前倒しキャンペーンをしゃんしゃん開催しているのだから、未来への不安めいたものも含め心境に何か変化があったということだろうなと思う。それにしても、年中さんというのはもっとこう何も考えずに日々をあっけらかんと楽しんで過ごすものだと思っていただけに、生き急がされている感もりもりでそこはだいぶ誤算だ。もうちょっとまどろみながら楽しみたいし、そんなに生き急がなくていいんだよーう。しっかり者の娘を持つしっかりしていない親は地べたを張って追いかけるしかないなと、体力だけはつけておこうと誓った。

断捨離に手応えを感じる。

物が増えると片付かないから掃除が大変というサイクルを避けるべく、我が家ではわりと定期的に断捨離祭を開催する。本、洋服、古い書類、ガチャで取ったフィギュア、遊ばなくなったおもちゃ、眠っている調味料などなど、目についたあらゆるときめかない物をじゃんじゃん捨てる。物を減らしてできた物理的精神的スペースに、爽やかな風と希望が入り込んでくるという自然換気システムを採用しており、実際何がどう舞い込んできたみたいなことはないのだけれどちゃんと循環していくような感覚がやみつきで止められない。時に自分の限界を超えて強く生きていくのも大切だと思うが、抱える物はやっぱり少ない方がなにしろ安定感が出るなと思う。さてこの断捨離祭は決まって母主催で、私が言い出さなければ物が増え続けたり、ギリギリ整頓の域をクリアしているものの出しっぱなし状態で放置されることが多く、特に娘のおもちゃや小物類はあちこちで佇んでその光景がもはや日常みたいな感じになっていた。そう、なっていたのだが、変わった。
この前、年末近くになったからちょっと大がかりに断捨離だ!と娘に声をかけわいわい一掃したのだけれど、身の回りの混雑が解消されて思いのほかすっきりしたのか、その1週間後にはひとり静かに断捨離祭を催し整えていたから吹いた。キッチンのゴミ箱を開けると、彼女の物であろうこまごました物たちが役目を終え静かにしており、おままごとスペースを見てみるとさっぱりと整理されているからほうほうとにんまりする。おぬしもついに、手放して快感を得る民族の仲間入りだな…?ようこそこちら側へ!自らやるということは、少なからず「心地良さ」というものに目が向き始めた証拠であろう。また1つ、人生で大切なことを学んだのだなと深く感心していると、どうやら手放し忘れた物があったようで「あああーこれももう捨てます!だって小学校の準備しないと!」とちゃかちゃか慌ただしくするから、やっぱりそこの意識ケタ違いだなと思わず笑った。

生きることと死ぬことに忙しい。

娘が死というものを最初何で知ったのかはもう覚えていないけれど、4歳を前にしたくらいの時期から関心を持ち始め、でもその頃はなんとなくで聞いて、よくわからないからふーんで終わってその程度だったのだけれど、4歳になったらいよいよものすごく積極的になった。「人間て死んだらどうなるの?」「死ぬってどういうこと?」「死んだらもう終わり?」という、大人も未経験ゆえ未知で、それこそ個々の考えに委ねられている永遠の謎とも言えるような疑問をどしどし投げかけてくるようになった。正解もないし、結局死ななきゃわからないことなのだからおのおのが思う死を信じて存分に生きればいいというのが私の結論だけれど、小さい人が納得できるように説明するのは難しい。一応、大人2人の中で死というものについて方向性は持っていて、なくなるのは体であって自分そのものはなくならないこと、ゆえに死んだ後は生まれる前にいた神様のところに戻るから死は終わりではなく巡り回っていくものであること、というのは足並み揃えて伝えるようにしている。私は面と向かって親に聞いたことはなかったけれど、どちらかと言えば死んだら終わりだというような教えで子ども時代を生きてきて、初めて死が自分事としてにゅんっと立ち現れた時はどうなって終わってしまうのか不安がどっくどっく走りわめき、こわくなってひとり布団の中でぼっろぼろ泣いたことがあるからわざわざぞっとさせるようなことは言わないぞと決めている。それこそある時「まーむちゃんやそうてぃんちゃんは誰が先に死ぬの?」と聞かれたことがあって、基本的には早く生まれた人から死んでいくものだから大人→子どもの順番だと事実を伝えると、ひとりになる寂しさがどどどーっと溢れ大泣きしてしまい、でもみんな生まれる前の場所に戻るんだからそこで会えるよと慰めたのだけれどもうとめどなかった。またある時は「次も人間になれる?」と聞くから、今の人生を一生懸命生きていたらきっとなれると伝えると、「次も人間になりたいなあ…動物になったらさ、甘いものとか食べれないじゃん。うさぎになったら草ばっかりだし」とからから話していたかと思えば、「1回死んだらさ、また一緒に生きたい…まーむちゃんと暮らしたい。どうやって見つければいいの?」とぽろぽろ泣き出し、「大丈夫だよ〜まーむちゃんもきっと見つけるからあぁぁ、いっぱい探すねえぇぇ」と結局2人でおんおん泣き合った。それほどの恐怖を抱えているのだなと思ったら、希望と言うとちょっと変だけれど、いやいや続きちゃんとあるからねって伝えてあげたいし、そういう次回予告みたいな安心感があれば今を精一杯生きるための小さなお守りになるんじゃないかと思っている。さてそんな、ほぼ不安で背負い込んでいた死というものも、5歳になってからは自分の中でちょっと消化も納得もしたのか、何でもないことのようにひょいひょい問うてくるようになったから驚く。「神様ってさ、女の人かな男の人かな?」「死んだ後さ、目って開けるんかな?」みたいな感じで随分ライトになり、かと思えば、「そうてぃんちゃん筋トレ頑張ってもりもり強くなるぞー!まーむちゃんたちよりもすごい人になるぞー!」と生きるモードに全振りしてきて、何かを超えた感がすごい。ちょっと待て、ひとりだけ精神レベル上がってるんだが?知らぬ間に修行合宿終えて帰ってきたな…?娘は胎内記憶を持って生まれてきたから、もしかすると神様のところに戻るという話に信憑性があったのかもしれないなと思う。
「ねぇ死んだら神様のところに戻ると思うんだけど、その場所ってなんて名前?広島県みたいな名前あるの?」「…ごめん、行ったことないからわかりません 汗」今朝の父娘の会話に笑ってしまった。

トンネルを掘ろうとシャベルを持つ女の子

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