給食で肥えすぎた娘に伝えた3つのこと。

給食

子どもの食欲がとんでもなさすぎて困っている。いや、食への愛が激しすぎる、というのが本質かもしれない。
食べなくて困るという悩みはよく聞くが、真逆の悩みを持つお母さんには出会ったことがない。

圧倒的少数派だからこそ言えない悩み。でも親としては深刻な悩み。

3日に1度は「食べることが大好き!」と言い放つ食欲モンスターの娘に、私が伝えていることは。

もくじ

我が家の娘は一言で言えば…

食欲が洋服を着て走り回っているような子。です。

赤ちゃんの頃からミルクの飲みっぷりも凄まじかった。ぎゅんぎゅん飲む。
今日は飲みが悪いな、なんて日はなく、哺乳瓶の底を天に突き上げるようにしてグイグイ飲む。

「小さく生まれた分を取り返しているのかもしれないなあ、まあどんどん飲みたまえ!」なんてどーんと構えていた私だけれど、1歳半くらいにはおろおろする始末だった。

離乳した後も食への激しすぎる愛は止まらず、むしろ勢いを増し、あっという間に娘は巨大化したのだ。ほぼほぼ肥満児になった。かかりつけの先生の苦い顔は今でも忘れられない。

2歳、3歳になって、言葉が話せるようになってからは、「食べたい」が口癖になった。
ガサガサっと袋の音が聞こえようもんなら、「何食べるのー!?」とどっからでも高速移動してくる。
パパが食事をするタイミングになれば、「いいにおい〜、いいな〜」と、至近距離で食事観察をする。自分も同じメニューを食べ終わったばかりなのにだ。
食あるところに娘あり。それが我が家だ。

でも実は助かっていることもあって、好き嫌いがまるで無いことには頭が下がるばかりだ。
厳密に言えば、しいたけはちょっと…生のトマトはちょっと…というのはあるのだけれど、苦手という程度なだけで食べられないわけではない。出せば「食べてみる!」とちゃんと食べるし、食わず嫌いもしない。
苦手なものだろうと、少しでも多くお腹に入れて満たされたいのだろうというのが私の読みだが、何にしても、そういうところにも食への深い愛を感じる。

と長くなったけれど、まあこのくらいなら許容範囲の食欲なのでは?と思われた方に、いくつかエピソードをご紹介したい。

食への激しすぎる愛はいかほどか。

給食が大好きな少女

エピソード1 知らない人が飲んでいたフラペチーノに吸い寄せられる

2歳半くらいの頃、おもちゃ屋さんに行った時のこと。
娘よりも小さいお子さんを連れたお母さんが、フラペチーノを手におもちゃを眺めていた。
そのフラペチーノを凝視していた娘は、あろうことかふらふらとそのお母さんに近付き、「それ、ほしい…」とでも言うようなうるうるアイで洋服をつかみ、ねだった。
確かにフラペチーノは魅力的だが、誰のでも構わないのか娘よ…
娘の食欲の深さに恥ずかしさを超え、もう脱帽していた。

エピソード2 熱性痙攣で倒れても、「食べたい」

3歳の頃、熱性痙攣が起きた時のこと。
幼稚園の遠足直後に倒れ救急車で運ばれた娘は、意識が戻っても泣くばかりで会話をしようとしなかった。
おしゃべりな娘の無言は不安を駆り立てたが、倒れてから3時間後、急に泣き止んだ娘はぼそっとつぶやいた。「お店でごはん食べたい…」
こんな状況下でも、食への愛は堂々と健在していた。

エピソード3 おかわりパラダイスを満喫し、満腹中枢崩壊

1歳半で肥満を経験した娘は、数ヶ月の食事改善によって標準体型を取り戻した。
それからも食欲は変わらずとも、食事の仕方が変わり、穏やかな日々が続いていた我が家だったが、第2の試練が訪れた。幼稚園の入園が決まったのだ。

幼稚園に通い始めた娘は、給食というもののおいしさに感激し、「はじめてのおかわり」に興奮し、お迎えの時に「今日は3食分くらいもりもり食べましたよ〜」と言われるのが当たり前になった。
給食当番をしてくださったお母さん方には、「あんなに何でも食べられるなんてすごい!お家で褒めてあげてください!」と、恥ずかしいくらいに賞賛された。
娘を褒めてもらえるのはすごく嬉しかった。食べない悩みを持つお母さんの苦労を考えれば、私はとても恵まれているのだ。

だけど、事実、娘は日に日に肥えていった。恐る恐る体重を量ると、3ヶ月で2.5kg増えていた。
入園する前、1年半かけてなだらかに1.5kg増やしたところから見ると、一瞬でお相撲さんになったような感じだ。
身長はほとんど変わっていないから、本当に横にでん!と膨らんだ。

褒めてもらえる嬉しさもあって、食べることが楽しすぎた娘は、給食というパラダイスにどっぷり浸かり、ものすごい貫禄を放っていた。

給食で肥えすぎた娘に伝えた3つのこと

1. お腹と相談し、満腹までは食べない

食べる時は、常にお腹の状態を見つめ、食べすぎていないかな?いっぱいじゃないかな?と相談しながら食べてもらうようにした。
「お腹どう?大丈夫そう?」と時に尋ねながら、今では (4歳半) 自分でお腹の声を聴くことが当たり前になった。

食欲MAXの状況だと、とにかく何でも口に運びたくなるものだけれど、口はあてにならない。甘いものを入れればしょっぱいものを入れたくなり、恐ろしいほどエンドレスにいけてしまう。
だから「口に聴くな、腹に聴け」というのを私自身も掲げながら、腹八分目が心地良いという感覚をいつも持っていたいと思う。

2. 「食べること」と「動くこと」はセットである

食べたいならば動く。食べるために動く。そして食べたらまた動く。食と運動は常に手を取り合っていなければいけないことを伝えている。
太る前までは、幼稚園の送迎も自転車だったのだけれど、歩く習慣に変えた。
食べることが生き甲斐である娘にとって、「歩く」というのはたぶん、ごはんとお箸くらい当たり前のセットだと思う。

これは、歩いたり走ったり、動くためにも食べすぎないという点にも繋がっていて、物事や体の循環、バランスが自然に理解できる気がしている。

3. やりたいことのために、やるべきことをやる

給食のエネルギー量は、その1食で1日分のパワーを補えるほどの設定になっていると、嘘か実か何かの記事で読んだことがある。いろんな事情で、家庭の中で十分な栄養を摂ることが難しいお家を考えた上での配慮だそうだ。
これが本当ならば素晴らしいことだし、この世界も捨てたもんじゃないなと思える。

そしてこれが本当ならば、給食のおかわりパラダイスを止めねばならないというのが事実だ。

娘には、
① 給食でおかわりをしたいなら、おやつは我慢する
② おやつを食べたいなら、給食のおかわりは我慢する
どちらが良いかと尋ねた。

すると、どっちもはダメなの?と聞いてくる。

そこですかさず、やりたいことがある時、そのためにやるべきことがある。何かを得るために、何かを頑張らなきゃいけないんだ。
と、人生の先輩らしいことを伝えてみた。

随分思案して、②でいくと言う。
あんなに謳歌していた楽園も、おやつの前では色褪せるらしい。

幼稚園の先生からは、決めたことをしっかり守っていると、こっそり教えてもらった。
他の子と同じように「おかわりする?」と聞いても、「いらないです」と言っているらしい。大したもんだ。

大人になっても、こういう世の仕組みやことわりは、何かを選択する時の指針になるはずだと思っている。

体の感覚に敏感でいることは、死ぬまで役に立つ

食べることが大好きな少女

娘の体重を落とすのが目的で食事に向き合うようになったけれど、結果的に私自身も「体の感覚に敏感でいること」の大切さを学べたのは大きかった。

お腹の調子は良いか?体の重さは?走った時の感覚はどうだろう?
気分は?眠気は?どのくらい疲れているか?

そうやって体の感覚に敏感でいられると、ちょっとした変化にも気付きやすく、些細な違和感をも見逃さず、食事、運動、睡眠を日々見直して調整していくことができる。
なるほど。これは死ぬまで使える技なんじゃないだろうか、と思った。

学校での勉強が将来どう役に立つかは人それぞれだけれど、「感覚を磨く」ということは、「いきいきと健康に生きるため」に、みんなに役立つものなのだ。

まーむ

意外と尊い取り組みだったのだと、今日もおいしそうに食べる食欲モンスターを愛でる私だった。

給食

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